自作ダイビングペンシルの紹介(1/3)

知識・やり方
スポンサーリンク

自分で作ったルアーで魚が釣れることを想像するとワクワクする。釣り人なら、一度はそう思ったことはあるのではないでしょうか。とはいっても、ルアーを作るには手先の器用さが求められそうだし、専用の道具もいるし作業スペースも必要でなかなか踏み出すことは難しいこともあると思います。そこで、狭いスペースで安価に簡素なルアー作りをした私の経験を紹介したいと思います。ルアー作りに興味のある方の少しでも参考になれば幸いです。私のルアー作りは主にネットの情報を元にして完成まで進めることができました。ルアーの種類はダイビングペンシルになります。昔だとやり方がわからなくて行き詰っていたことが、現代だと大概のことはネットで調べるとわかるので、いい時代になったと思います。

スポンサーリンク

ルアー作りをとおして感じたこと

この記事では、ルアー作りをはじめた経緯から私が感じたことや気が付いたことについて、ずらずらと書いていきます。作り方だけを知りたい方にとっては退屈かもしれません。

ノウハウを知りたい場合は、↓リンク先の記事がおすすめです。

狭い賃貸住まいでもルアーは作れる

ルアー作りをはじめた時、私は10畳の賃貸住まいだったので作業スペースは狭く、できるかどうかもわからないルアー作りのために工具、材料をそろえるのはかなりの思い切りが必要でした。(今は古い家に住んでいます)だから初期費用を抑えるために道具はできるだけ安価なものを購入しました。しかし、せっかく道具と材料を揃えたものの、限られた休日を利用してのルアー作りは、なかなか取り掛かれず、それから半年ほど手つかずの日が続きました。ところが、あることをきっかけに取り掛かってみると、思ったよりも簡単に作れてしまい、さらに意外にも釣果もすぐについてきました。(あることととは、実家に立ち寄ったとき、ジグソーを貸してもらえて、その日は気持ちの良い快晴の冬の晴れ間だったことで、庭で小刀を使って木を削ることが気持ちよかったことでした)物事というのは、見たり聞いたりするのとやってみるのとでは印象は大きく異なることに気が付きます。始める前には予想もしなかった、やってみたからこそわかる新鮮な発見や気づきが多くありました。

考えすぎずにやってみる

始めから最後までやろうと意気込んで道具をすべてそろえるとなるとプレッシャーが大きいので、まずは木を削って成形するところまでだけでもやってみようという気持ちで始めてみました。それが楽しかったら、その先の工程に進むのでいいと思いました。そこまでなら費用は数千円で済むので、途中でやめてもそれほど損害は大きくありません。また、ハードルが高いと感じていたカラーリングについて、私は色塗りは苦手だし好きでもなく部屋が汚れたりするので未だにできていません。しかし色鮮やかなカラーリングを施さなくても、魚は十分に釣れます。木肌だけののっぺらぼうのルアーでは、釣りのモチベーションが上がらない場合は、目玉シールとホログラムシール位は貼るといいと思います。私の場合、ルアー作りの面白さはアクションを考えることだと思っているのでカラーリングは重視していません。

やってみると意外に楽しい

いざ始めようと道具を揃えてみたものの面倒に感じて、半年は手つかずの状態が続いていましたが、先のきっかけから暇な冬の時期に木を削るだけでもやってみようかと思いました。すると意外に楽しかったのです。私の場合、木を削る作業が自分には合っていたのか、時間を忘れるほどに没頭してしまいました。(刃物研ぎも好きなのですが、これと似ていて木を削っていると集中でき精神が落ち着く感じがします。)こんなことは子供のとき以来のような気がしました。人間は生きていく上で複雑な仕事や神経を使う人間関係、社会への適応や情報過多による将来への不安や、なにをやればいいのかわからない混沌としたことに振り回されることもあると思いますが、木を削るような単純な作業は、思考の余地を残せるほどの単純な作業だからなのか、没頭できる心地よさがありました。

作ることに喜びを感じる

自分が行う能動的なアウトプットの活動は、根源的であるからなのか人間の精神にもよい作用があるのではないかと思います。人間は与えられる(もらう)よりも、生み出す(作る)ことの方が喜びを感じられるのかもしれません。さらにルアー作りは、自分自身がプレイヤーとして、釣り人だからこそ、実際に魚がルアーにヒットする瞬間を思い描けるから、それを想像しながら作ることで、より楽しく感じられるものだと思います。私の場合、オフシーズンでのルアー作りでしたが、作業中はルアーの動きをイメージしながら、頭の中にはロックショアの景色が広がっていました。

試行錯誤と失敗から学ぶ

形状を決めるために試行錯誤したことは下の方に分けて書いていきたいと思います。このような動きにするためには、この形状にするしかないというように最適解を目指して取り掛かる必要はないと思っています。(そもそも形状やバランスがどのようにアクションに影響するのかはわからないことだらけです)大切なことは、自分の想像力を掻き立てて、思い付きの仮説でもいいので、こんな形状にすれば、こんな動きになりそうかなとか、こんなルアーがあったら面白いなとか、または好きなルアーを真似るのでもなんでもいいと思います。個人で楽しむだけですから。最初はイチから考えるのは難しいので、持っている市販のルアーや、釣りを通して感じたことから直感で形状を決めていくといいと思います。私の場合は、これまでの実釣の経験に基づき、直感でルアーの形状やバランスを考えて作ってみました。営利目的である仕事の場合、失敗が許されないプレッシャーがあり、思い付きで取り組むことはできませんが、趣味の世界なら失敗しても自分でなんとかすればいいので失敗を恐れずに、大胆にやりたいものです。思い付きや直感でやってみたことが思いもよらない発見につながることもあると思いますし、失敗から学べる点もたくさんあると思います。(お手本となる素晴らしいルアーが既にたくさんあります。いち個人が作る意義とは完成させることより作る過程の方が大事だと思っています。優秀な完成品は、お金を出せば簡単に手に入りますが、作る過程はお金で買うことができません。自分の体験は自分しか経験できず、初見のことをどう感じるかは自分でもわかりません。この体験を大切にしたいです。)試行錯誤して、ルアー作りを楽しむことが釣りそのものをさらに楽しくするものだと思います。

構想から形になるまで関われることの喜び

会社は効率と合理性を優先しがち。私は会社勤めの中では、最終製品がどこでなにに使われるのかもわからないような分業化の中で部分的な業務をしていました。上流の工程や下流の工程に興味があって自分のアイデアを意見したこともありましたが、別部署であることと立場的にも下だったので、意見を聞いてもらえるようなことはありませんでした。(そもそも、私にはたいした実績もなく、人を動かす能力もなかったので愚痴にしかすぎません)そんな自由度のない業務には楽しさを感じず、やらされ感しかなく、その内に黙って上の言う事に従っていた方が楽だという割り切った考えになり、仕事はお金を稼ぐ手段でしかなくなり、(仕事というより、受動的な作業といった方が適切かもしれません)仕事への興味はどれだけ楽に手っ取り早く終わらせるかだけになり、会社では自動機械のように心は抜け殻の状態になっていきました。(今、思えば仕事よりもプライベートを優先した人生の方が上下、力、損得、利害関係等から解放され自由で人間らしい振る舞いができると思っています。こうやって書いているとつくづく自分は仕事が嫌いなんだなと思います。特に権威、集団行動、お役所的な組織)そんな中ではじめたルアー作りは、使用する条件や場所、ターゲットを設定し、それに向けて理想とする動きを決めて、具体的なルアーの大きさ、重さ、形状を決め、それを作るための材料や工具の調達、作る方法、費用の計算、実釣テストまで全て自分で行えることに楽しさ、喜びを感じました。個人でのルアー作りは少ないお金をかけてのちっぽけなものづくりですが、組織に所属して大きなプロジェクトで部分的な業務をこなすよりも、心の充実ははるかに大きいと感じました。

釣りがさらに面白くなった

できたての自作ルアーは完成度が低いので、フィールドで使用しながら調整を繰り返して完成度を高めていくことがほとんどです。最初はいまいちだったルアーが調整を重ねていくことでだんだんと使いやすく、かつ動きもよくなっていく、その過程がすごく楽しい。それも手を加えたことの結果の確認がわかりやすく表出するので、理論的にはわからなくても、気になることを実践してみることで、結果の確認がしやすい。フィールドではルアーの調整に夢中になり時間があっという間に過ぎてしまうこともしばしばです。しかも、ルアー調整中に魚のバイトがあったり、ヒットすることもあるので、最近は、ルアーを調整しながら釣りをすることがほとんどになりました。釣れないときに漠然と投げ続けるのは、ときに退屈になりますが、ルアー調整していると1投1投に課題があるので釣りの深みも増します。特にルアー調整しながらの釣りは、ヒット率の低いショアからの釣りと相性がよいと思います。(誤解のないように付け加えておくと、魚の反応を見ながらのルアー調整なら魚の多い方がいいと思いますが、私のルアー調整は人間から見て動きがよく、操作して楽しいルアーを目指しているので、魚がいなくても成り立ちます。)よく考えて進めることも大切なことですが、場当たり的に思いついたことを次々に試してみた方が、いい結果にたどり着けるように思います。計画を練りすぎて、その計画に縛られるのは本末転倒なことです。

コメント